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『小説:がんばれ!鉄道むすめ』を試し読み!
赤木則夫、二十四歳。さすらう男のホビーマガジン月刊ノマド編集者。
入社二年目のまよえる男に編集長から新企画担当の話が……。
「ニッポン全国レールクイーン倶楽部」
素敵な鉄道女性従業員の一日の仕事を追う密着取材企画だ。
最初の取材は、東武伊勢崎線東武北千住駅勤務の栗橋みなみ。

二○○六年五月十四日(日) 午前十時五分[東武伊勢崎線東武北千住駅]
カメラマンの鳥山という大柄な男と組んでの波瀾の取材がスタートする。





第1話:栗橋みなみ編『笑顔のATS!』



「……今日は一日、よろしくお願いします……」
『よろしくおねがいしまーす』
 ヤロウどもの野太い声に混じり、赤木の前で春風のような女の子の声がはじけた。黄色い声ってこんな声のことを言うんだろうなと、赤木は思った。
 ここは都内北部の足立区にある東武北千住駅、東武鉄道駅長事務室だ。月刊ノマド編集者赤木とフリーカメラマンの鳥山、東武鉄道の広報氏、そして、今回の主役である駅員の栗橋みなみが、取材はじめの挨拶を交わしたところである。
 主役のみなみはシワ一つ無い制服をビッと着こなしていた。オレンジブラウンのブレザーに同じ色のヒザ下まであるスカート、そして婦警さんがかぶるような丸い帽子。髪型はショートにしているが、帽子の中から強いクセ毛が花びらのようにはねている。制服を身に着けた彼女は凛々しく、そしてどこか近寄りづらいクールなオーラを感じた。まるで制服の中に『本当の自分』を封印しているような感じだ。
 かわいいのに近付きヅライ。高嶺の花ってこれだよなぁ……と赤木は思った。
「……じゃあ、まず、始業風景からお願いします」
 メモを片手に赤木が言った。鳥山がバッグからカメラを取り出して構える。
「ハイ!」
 はきはきとみなみが答えた。その横で広報氏が予定表を見ている。
「赤木さん。まず、助役への点呼ですよね?」
「……あ、はい」
「では、朝の様子を写真用に再現しますので、少々お待ちください」
 取材のダンドリはあらかじめ広報氏と編集長が打ち合わせている。赤木はメモを取りながら、ネタの撮りこぼしがないかをチェックして進めてゆくだけだ。
 点呼の撮影のため、広報氏に助役さんを連れてきてもらった。点呼とは駅員が出社と退社の時に、助役さんより前日からの引継ぎ事項や当日の作業上の注意を受けることだ。
 みなみが助役さんと向かい合い、カメラを構えた鳥山がファインダー越しに二人を覗き込んだ。
「助役さん、もうすこし胸を張ってください。栗橋さんもうすこし中によって」
 などと、慣れた調子で鳥山がポーズを指示してゆく。赤木はそれを見ているだけだ。
「栗橋みなみ、本日は午前九時出勤ッ!」
「栗橋さん、声は結構です」
「あ、はい……。ごめんなサイ……いつものクセで……」
 みなみは恥ずかしそうにはにかんだ。彼女が動くたびに、ぴん、と強いクセ毛が揺れた。赤木は彼女の笑顔を見て巣から出てきたももんがか何かの小動物を思い出した。
 役得。意外と自分の持ち場は悪くないかも知れないと赤木は思った。事前準備が忙しくて考えるヒマがなかったが、レールクィーンといえば堂々と若い女の子に近付ける取材ではないか。栗橋さんは声をかけヅラい。というか、誰でも初対面でいきなり声はかけヅライけど、この記事が成功し連載にこぎつけたとなれば話は別だ。取材をやっていくウチにフランクなクィーンと出会い、ロマンス的な展開があるかもしれない。
 ……悪くない、いや実にオイシイ取材だよな。
 赤木がにやにやと一人で盛り上がっていると、広報氏に声を掛けられた。
「次は駅構内をご案内します」

 まず最初にホームに案内された。休日ということもあり、昼前のホームは家族連れや、おばさんのグループで賑わっている。
「北千住駅は立体的な構造に改装しましてね。休日は日光鬼怒川への観光拠点としてお客様に利用して頂いております」
 広報氏の解説にあわせ、鳥山がホームを行き交う観光客にカメラを向けた。カシャカシャと小気味良いシャッター音が響く。
「一日の利用者数は約四十五万人と、東武鉄道の中でも池袋に次いで多いんですよ」
 ホームをバックにして、みなみに立って貰い写真を撮った。みなみの笑顔はとにかく絵になると赤木は思った。
「他社さんのお客様と合わせますと一日百五十万人の方が利用されますですのよ……」
 とみなみはスマイルする。その笑顔が、……というか彼女の全部がどうにもぎこちない。慣れない取材で緊張しているのだろうか? 制服に合わせて自分を抑えている感じがしてならないと赤木は思った。

「次は駅の施設についてご案内しましょう」
 北千住駅は東武伊勢崎線、JR常磐線、東京メトロ千代田線・日比谷線、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線などが乗り入れるターミナル駅だ。そのためすべての乗客が快適に乗り換えられるよう車椅子用のスロープやエレベーターなどのバリアフリー設備が整っている。赤木達はそれらをぐるりと回って撮影したのち、東武鉄道駅舎の一階に戻った。
 東武鉄道駅舎は地上三フロア、地下一フロアだ。地階には店舗があり、駅の機能は地上部分にある。一階は一、二、三、四番線。二階はコンコースで改札や切符売場、出口などがある。三階は日比谷線と相互乗り入れしている五、六、七番線がある。
 一行はエレベーターを下って、一階の一、二番ホームについた。
「駅構内は大体こんな感じですかね」
 と広報氏が告げた。
「……ええ、大丈夫です」
 と赤木がメモの項目を消してゆく。他にも、無線LANが接続できるポイントや、構内のイートインなど目立つ所は撮影し終えたところだ。
 一階の一、二番線ホームにて午前中の取材が終わる頃だった。
「おぉぅ……」
 ふと、鳥山がホームに入ってきた電車を見て感嘆の声を上げた。停止位置でぴたりと停まり、ドアを開いたその電車は、昭和の漫画に出てきそうな見た目をしていた。車体正面、顔の鼻にあたる面には長い貫通式のドアがあり、ドアを挟んで目の位置に小さな四角い運転席の窓。その下に丸いランプが大小二組ついていた。
「八○○○系かぁ、いつまでも現役で頑張って欲しいもんですねぇ……」
 懐かしそうに、鳥山がつぶやいた。
 八○○○系。この電車の名前なんだろうか? 『そんなマニアックなこと誰もわかんないって……』と、赤木が思っていると、意外な場所から歓声が上がった。
「八○○○系はまだまだ現役バリバリです!」
 鳥山のつぶやきを受けたのは、広報氏でも、通りすがりの電車マニアでもない。あの黄色い声だった。楽しそうな息づかいと一緒に、くせっ毛がいきいきと踊るようにはずんだ。
「今伊勢崎線では一○○○○系や二○○○○系も走ってますケド、まだ東武野田線では主力で、元気に埼玉−千葉間を走ってるんですよ。全車八○○○系で運行してます!」
 みなみは「えいっ」と鳥山の前まで駆け寄ると、一気にまくしたてた。
「あれ? 野田線て大宮と船橋を走ってるやつでしょ? そうだっけ? てっきりみんな新しいのに変わっちゃったのかと思ったけどなぁ」
 と言って、ぽりぽりと頭を掻いた。
「あれは『修・繕・車』なんですッ。窓がタテに広くなって、ランプが四角くなっただけで同じ八○○○系なんですよ。でもやっぱり八○○○系はあの窓に、丸目のランプですよね。最近の電車がなくしちゃった大事なモノを持っているっていうか……でもちゃんとわかってる人もいるみたいで、顔はそのままで表示板だけLEDに変えてるのもあるんです。あれはすっごいレアな車両と言うワケです! エラいッ! わかってる検修係さんはエラいですッ! あ、検修係っていうのは車両整備士さんのことですヨ」
 ……なんだろう。このコ。このテンション。この話……。
 ア然。赤木と広報氏は、まさにア然とした目でみなみと鳥山のやり取りを見ていた。みなみはぽかんと口を開ける二人と目が合い、『しまった』と言う顔をしていた。
「いけない……鉄道のコトばっかり喋っちゃいけないって助役に言われてたのに……」
 そして力なく柱にもたれかかった。
「あの、あの……、……今の……オフレコで……あははははははは……」
 笑ってもごまかされなかった。

(つづく)



みなみの目から大粒の涙がこぼれ落ちる…
一体、取材中に彼女に何が起きたのか?

つづきは学習研究社から大好評発売中の小説「がんばれ!鉄道むすめ」でお楽しみください。

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